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2022年3月30日 (水)

痛みを感じるということは

 

先日、うちの中で台を踏み外して、頭と横の方の背中を強打してしまいました。
1時間ほど、息ができないくらいの強烈な痛みが続きました。しかし、それから時間が経つごとに、症状が軽くなっていくことを実感したのです。
 
衝撃を感じるほどの痛みを受けることは滅多にないものの、いざそうした状態になると、体の回復機能が本当に有難く感じます。
物のように壊れたままで止まるのではなく、放っておいても次第に良くなっていくという有難さ……
 
逆に、事故や戦争で亡くなられるということは、回復せずに苦しい状態のまま命が終わってしまうということ。
それに比べれば、私の場合は大した衝撃や痛みではないけれど、それは本当に辛く苦しい状況なのだろう……と実感することができます。


20220315



数日後に氏神様へ行き、症状が軽く済んだことのお礼を伝えました。
すると今回も、とても優しいお声で、メッセージをいただきました。
 
 
「先日の出来事は、我々も見ていましたよ。大変でしたね。
 
しかし、そのことによって人の痛みがわかるようになりますから、それをよく覚えていてくださいね」
 

そうなのです。痛みを経験するということは、同じような人の痛みも分かるということ。
今回の小さな出来事を通して、そのことを強く実感したのでした。


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