神様が願い事を好ましく思わない理由
ここ最近、どこの神社へ行っても、神様から人間の願い事に対する嫌悪感を伝えられてきました。
ここまでお話を伺った神社の中で、「喜んで願い事をバンバン叶えますよ!」とおっしゃるような神様は、いらっしゃいませんでした。
多くの神様が、願い事に対して否定的だったのです。
しかし神社側のPRが願い事を叶える…というものであることからも、願い事を叶えようと前向きに活動する神様仏様も、いらっしゃるにはいらっしゃいました。しかし、その割合はごくわずかです。
三峰神社の神様のお話では、昔はもっと頑張っている人が多く、本来は神社は願い事をする場ではなかったということです。
それが最近になって、願い事をする場所に変わってしまったそうです。
願い事を叶えるためには、神様もそれなりにエネルギーを使わなければいけません。基本的に無駄なことはされませんので、叶える願い事も、かなり選ばれると思います。
しかし、願い事を叶えることが面倒だからというより、「その人にとってプラスにならないから」というのが、願い事を嫌がる大きな理由のようです。
もし、神社仏閣で何かをお願いして叶えば、「願い事が叶っちゃった!」とウキウキと吹聴し、また何か欲しいことが出てくれば、いそいそと神社仏閣へ出かけるでしょう。
そして、もし次回は叶わなかったら、不満を感じるのではないでしょうか。
他力本願に拍車がかかり、自分ではますます何もしなくなるのです。こうして「自力」が落ちていくと、生きることが大変になってしまいます。
それを防ぐためにも、神様は基本的に願い事を叶えないのでしょう。
叶えるとしても、本人が自力で頑張っていることの後押しをすることがメインのようです。頑張っている人を好まれるし、神様自身も良いエネルギーをもらえるからです。
にぎわう箱根神社で、耳にしたツアー参拝客の話…
「お賽銭は10円じゃダメみたいよ」「えっ、そうなの?じゃあ5円?」「たくさんお願いしちゃったわ」。
おそらく多くの参拝客が、こんなノリなのです。こういう人達ばかりでは、嫌になるだろうな…と思いました。
色々とお話をして思うことは、神社の神様との関係は、「一般的な人間関係と、あまり変わらない」ということです。
一方的に与えられるのではなく 「与えた者が与えられる」という相互関係です。
そのため神様は、与えられることばかり望む人を嫌がり、与えようとしてくれる人を好むのです。
それは、人間も同じですよね。
特に女性は受け身の性質で、自分は動かず「誰かに何とかしてもらいたい」と思う傾向が強いです。そのため、スピリチュアル好きな人には女性が多いのです。
宗教が廃れないのは、「何かにすがりたい」と思う人が非常に多いためです。思うに宗教は、すがられる方も満たされるという、共依存の世界だと思います。
「何かにお願いするだけで、何もしなくても全部叶っちゃう!」という人間の自力を腐らせるメソッドは、決して消えることなく、これから先も現れては依存したい人をかき集め、消える…を繰り返すと思います。
それだけ何かにすがりたい、楽をしたい人という人が多いということです。
神様方のお話を総合すると、神社は願い事を叶える場所というより、「高波動のエネルギーをいただき、自分自身の活力を高める場所」という表現の仕方が最も合っているように、今のところは思っています。
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